日本ドキュメンタリー映画全史

A complete history of Japanese documentary film

1984年 社会思想社 現代教養文庫



著者    野田真吉


私がちょうど結核で入院していた時の事。
御存知の方もおられると思うが、結核は俗に”贅沢病”等ともいわれるぐらいで、別段どこかが痛い訳でもなく、日がな一日食っちゃ寝の日々なのである。
入院して三ヶ月は外に出してもらえなかったが、それも過ぎると、散歩は許されるようになった。一日のほとんどを「安静時間」と称し、ベットですごさなければならない身にとって、この散歩は本当に有り難かった。
本屋へ行けたからである。それまでの三ヶ月間で病院にあった本はあらかた読んでしまっていた。
そんな時に見つけたのがこの『日本ドキュメンタリー映画全史』だった。
病院近くの本屋は本当に小さな”街の本屋さん”といった趣きで、私の興味を引くような本は数少なかった。そんな事もあって当時それほど関心のなかった”ドキュメンタリー”の本でも買ってしまったのかもしれない。
                     しかし、一読してそれは大きく変わった。なんと魅力的な世界なのだろと。      
そこには映像と真摯に向かいあってきた人々の作品と人となりが克明に記述されていた。
それは、遡って中学生の時に観た『医学としての水俣病』の感動を思い出させたのかもしれない。買って帰ったベットの中で数時間読みふけった。
何か頭がボーっとしていた。
一種の知恵熱状態だったのではなかったか。
ほとんどの人から顧みられない状況の中、しかし映像の力を信じ、作品を作り続けている人々がいる事に素直に感動出来た。
この本は私に映像世界の多様なあり方を再認識させてくれた貴重な一冊である。また、のちにこの本に登場している人達と仕事を一緒にするなどとは、その時は知るよしもないことであった。