No.3 耳:自分らしさの音を造る

 さまざまな事柄に個人差があるように、音の好みについても、その人の生き方や性 質で違ってくる。映画館へ面白そうだなと入っていく、スッタフ名など気にしていな い。しばらく見ていると、これは誰々が録音をしていると判る。それほど音には個性 が出てくる。何かの折に、あの作品を見たよ、などといわれ冷や汗をかく時もある。 うかうか手抜きも出来ない。
効果音や音楽の使い方にも違いがある。決まりきった使い方、かなり古風な使い方、 思わずうなってしまうような使い方。どんな音を何処にどう使うか、どのようにイン ・アウトさせるか、レベルをどう決めるか、作品の理解度が絶妙なタイミングとして 音を生かしていく。
 自分の音を決める大きな要因は、録音技師の誰についたかで左右されると言っても 過言ではない。次に、どんな環境で育ったかがある。

 私は優れた先輩に恵まれた。
久保田 幸雄さん:岩波映画からフリーになり小川伸介、土本典昭監督たちと活躍し た一流の天才肌の録音技師。ドキュメンタリー、ドラマ共やる。
加藤 一郎さん:黒木和雄監督の「飛べない沈黙」、「キューバの恋人」のベテラン 。シナリオも書く。戦後の東宝争議の体験者でもある。私のドラマの師。
「ゴジラ」の飛田さん、「七人の刑事」の泉田さん。
 映写条件が悪く、思うような音質を出せないフィルム時代にもかかわらず、自然な 耳あたりの良い音を作りつづけた。良い音を聞け、生の音を聞けと言われた。音楽は 生で聞け、体に伝わる振動、長時間聞いても疲れない生の演奏を聞け。そんな音が良 い音と自分の物にし、人工的なフィルムに再現するようにと教えを受けた。
 誰に師事するか、幸い私はフリーだったので選ぶことが出来た。
撮影所育ちの人は、それぞれの社風・色合いになる。メロドラマの松竹、サラリーマ ン・ホームドラマの東宝、文芸の大映、アクションの日活、時代劇・ヤクザの東映。 日活、東映の音は固めである。

 長年の経験が自分にあった音を聞き分ける耳を作る。
これは知識ではない。