No.1 或る日のロケ風景

私が住んでいるのは小田急線新百合ヶ丘駅の近く。駅は川崎市だが、私の家は稲城 市で川崎にも横浜にも近い。それでいて多摩丘陵地帯なので緑が多く、東京のチベッ トなどとも言われている。今のように宅地開発がされていない時には、青森のシーン を家の近くで撮っていたことがある、TVドラマで、録音技師は私の友人だった。少 し先の柿生は時代劇の舞台となり、たいていの作品に使われた。山あいの田んぼ、そ こにY字の道があり地蔵さんや道しるべがある。旅人が行きかい、早馬が駆け抜けて いく。
 今は味気のない住宅地になっている。それでもまだ緑が多い。日本映画学校が新百 合ヶ丘駅にある。学生たちのロケにあう事がある。その日は散歩をしていて暇だった 。数人の学生が公園で撮影をしていた。

 二人の男のシーン
カメラは片撮りで1カット1シーン。録音は女性が一人でマイクを振り、ヘッドホー ンはしていない。(録音された音を聞いている人はどこにもいない)カメラポジショ ンを見るとマイクはもっと下げられそうだ。テストの度にマイクが高くなって行く。 同録のことは知っているらしく、車が通ったりするとカットが入る。しかし、その音 がどう録音されているかを誰も知らないという事は判っていないようだ。
マイクがあればセリフは採れていると思っているらしい。ビデオカメラの普及で誰で もスイッチさえ押せば画も音も撮れるようになった。その延長で映画も撮れると思わ れている。

 <録音>はマイクを通して現実の音を記録していく事である。
 マイクを出せばセリフは採れる。ホームビデオであればそれでもいいが、映画は目 的を持って必要な音を採らなければならない。
マイクは基本的にその場のすべての音に反応して録音する。セリフ、車、蝉、波・・ これらが同時にあればどれもマイクは拾う。その中でどれが必要かを判断するのでは なく、大きな音は大きく、小さい音は小さく、すべての音を録音してしまう。
 学生たちは、何を基準にOKとしているのだろうか。彼らは演技を眼で見、セリフ を耳で聞いている。セリフを聞こうとしているから、聞こえてしまう。役者の表情も 見えるから、さらによく聞こえることになる。ラッシュを見て、彼らはこんなはずで はなかったと驚くに違いない。セリフがほとんど聞こえないではないか。現場では聞 こえていたはずだと。そうだろうか?
 現場で聞こえていたのは思い込みの音・生の音で、誰がマイクを通してのセリフを 聞いていただろうか。

☆ 日常生活でこんな経験をしたことはないだろうか。
母親はどんな人ごみの中でも我が子の声を聞き分けられる。我々も友人の声を騒音の 中でも聞き分けることができる。同じように学生たちもセリフを聞き分けていたのだ 。
我々は耳であらゆる音を聞き、脳で聞き分けている。つまり耳はマイクで、そのマイ クの性質を知り、使いこなす技術が脳なのだ。漠然とマイクを出しているのと、目的 を持ってマイクを使うのとでは、録音された音が「天と地」ほども違う。

☆ 渋谷・原宿 人ごみの中の二人
話しながら歩いてくる二人をロング・アップで撮る。アップでセリフを採り、ずり上 げる。指向性のある416ガンマイクを使う。混雑している雰囲気を拾いながらセリ フは明瞭に聞こえる。面 (メン)さえ合っていれば下手な効果音を入れるより良い感 じに採れる。

☆刑事ドラマ 新宿駅西口
歩道橋上でのセリフ。下の道路を走る車の騒音がすごい。マイクを上から出すと車の 音で何も聞こえない。ベルトあたり・下からマイクを出し、橋を利用して下の騒音を さえぎってみるとセリフが採れた。ゼンハイザー416使用。