No.16 レポート・録音
映画テレビ技術 88/8

映画、特にドキュメンタリーの録音には現場での楽しさがいっぱいあります。いろ いろと条件が悪いなどの困難もありますが、それも逆にいえば面白さの反面でしょう か。
 「ゆきゆきて神軍」の中に“岸壁の母”の歌が流れるシーンが二つあります。奥崎さ んが島本のおばあちゃんを訪ねて行って戦友の墓参りをするシーンと、そのおばあち ゃんが亡くなって、墓参りに奥崎さんが行くシーンです。最初のシーンでおばあちゃ んが一番を歌い、途中で

 イセコ「…・あれ、うそ、うそじゃった」
 奥崎 「いや、かまわんですよ」
 イセコ「あー、うそじゃった」
 奥崎「いやかまわん、もう一度一番から」

こういう会話になっています。
 この日の撮影は奥崎さんが墓参りをし、最後に墓の遠景を撮っていました。奥崎さ ん、おばあちゃん、私の三人は、おばあちゃんのひとり住まいである小さな畑の番小 屋のような家の縁側で休憩していました。その時、おばあちゃんから老人会でよく旅 行に行き、カラオケを歌うのがとても楽しみだと話がはずみ、歌ってくれました。声 がよく本当に歌が大好きだというムードでした。そして突然“岸壁の母”が出てきま した。私はさっそく歌いなおしてもらい録音しました。奥崎さんもじっと聞いていま した。

 墓へ戻ると撮影は終わっていました。私は原 一男(撮影・監督)に歌を録音して きたことを話し、彼は即座に同録で撮りたいといいました。それが墓前で歌うシーン です。

“岸壁の母”はおばあちゃんの作詞による歌詞で歌われています。奥崎さんと私にとっ ては二度目なので、おばあちゃんは正直に「・・・あれ、うそじゃった」と一度目と 違う歌詞を恥じたのでした。二度目のシーン、おばあちゃんが亡くなって、奥崎さん が訪ねて行く時、海の中から聞こえてくる“岸壁の母”の歌、これが最初に録音したも のです。

 この歌のように、いつ、何が飛び出してくるかが計り知れない事がドキュメンタリ ーの現場にはあります。その場でスタッフが情報を交換し合い、よりよいシーンに結 実させていく事もスタッフワークであり、楽しみの一つです。撮影の前後に大事な話 や本心が出ることがよくあり、採れない悔しさがいつもついてまわります。

 現場では盛り沢山の音を採ってきます。その時は仕上げを想像しながら、この音は こう使えるかな、別のシーンでも使えるなとか夢みたいなものです。「ゆきゆきて神 軍」の効果音はドラマ以上に数多く使っています。エコーは嫌いなのであまり使いま せん。二ヶ所だけ使っています。一つは奥崎さんら三人が古清水宅へ歩いて行く2カ ット分。ここではエコーが彼等の決意表明になっています。もう一つは二度目の“岸 壁の母”。これは鎮魂を表し、風景全体が墓と化しました。
 音楽はタイトルとラストの二ヶ所。同一曲で、音質だけを変えています。