No.17 風の音を聞いた記憶がない
キネマ旬報89/7下旬号
No.1014

 風の音を聞いた記憶がない。
砂漠でも、宇宙でも、どこでも風は吹いている。ドラマや旅行記、SF、では必ず風が 吹いている。黒澤 明監督の映画には雨と風が必ず出てくる。
 アフガニスタンの砂漠では風の音がない。烈風なら音があったのかも知れない。あ まり強い風にあっていないので断言は出来ないが、本当に風の音がしなかった。
 私の頭の中には、日本で生まれ育った経験による<音>しかなかった。私たちが風 の音といえば、風に揺れる木の葉や、ススキや稲穂がカサカサとなり、電線がうなり、 木枯らしがピューピューと吹きすさび、天空を烈風がゴーと吹き荒れる事などを思い うかべる。言葉としても、春風がソヨソヨなど、強弱どんな風に対しても表現する方 法がある。又、雪の日には音がよく通るとか、都会より田舎や山の方がよく聞こえる という事などは知っていた。
 アフガニスタンは乾燥地帯で、上空から見ると灰色の大地が見渡す限り続いている 。砂漠地帯は荒涼としている。岩がゴロゴロと転がり砂の砂漠のイメージはない。月 明かりで人影がはっきりと大地に映るほど空気が澄んでいる。そんな所で自然の音を 採ろうとすると数百メートル離れているスッタフの話し声がマイクを通して聞こえて くるだけで、小鳥のさえづりさえもない。
 村はずれに行くと子供の声がかすかに伝わってくるが、砂漠では録音してもテープ が回るだけで何の音も聞こえて来ない。
バルフ村は、アレキサンダー大王が開き、ジンギスカンに滅ぼされたという。仏教が 栄え、あの三蔵法師も学んだ時代もあった。かつてはその城壁の上を馬車が走ってい たが今は崩れて、所々に白骨が見える。城壁を造る時に生き埋めにされたと聞く。そ の壁土に座りこんでいると、耳でかすかに聞き取れる風のうねりが聞こえてきた。風 の音というより遠い遠い海鳴りを聞いているようだった。円型の城塞都市の中を風が ゆっくりと廻っているのだろうか。
 映画の効果音として砂が風に舞い、衣服や髪に風を見たのなら、やはり日本的発想 で風の音をつけるのだろうか。
「よみがえれカレーズ」(土本典昭監督)ではアフガニスタンの風土を知ってもらい たいと、一回だけ日本の音を使ってみたが違和感があるので使えなかった。
アフガニスタンではイワヒバリがよく鳴いていた。内戦中の国ではいたる所に地雷が 埋められているため行動が制約され、自由に動いて音を採れなかった。イワヒバリは 一度もよく採れなかった。そして日本のイワヒバリは全く映像にあわなかった。気候 、風土によって音は違うのかも知れない。効果音としての現実音は、使う者にとって 自由に使ってもいいようだが、中には使ってはいけない事もあるらしい。

 ドラマのセリフを日本ではほとんどが同時録音で採っている。しかし、アフガニス タンではすべてアフレコである。内戦でいたる所、いたる時間、砲声が聞こえ、軍用 機やヘリが一日中飛び交っていて、同時録音できる状況ではない。平和だからこそ同 時録音が出来る。